人生2度目の無職の時期

2007年6月29日

なかなか田舎でホームページ制作の具体的な話に進まなくてすみません。
ここまで来ちゃったら、しっかり振り返ろうかと思っています。
興味のある方のみお読みください。

さて、前回(5回目)は2001年まで話が進みました。
人生2度目の無職状態に突入した時期です。
そして、この年は娘が産まれた年なんです。
(何かあると無職になっているような・・・波乱万丈です)
京都市内のある会社さんのオフィスの一角をお借りし、その会社さんのページ更新をしたり、引き続きクライアントになっていただけた方々のサイトを作成したり、ご紹介いただいた方々のサイトを作成したり、自分はどうすべきか考えたり、悪夢にうなされたり、ネガティブな考えに支配されたり・・・と悶々とした日々が再到来です。
個人事業として腹を決めるか、就職か、あっちへ行ったり、こっちへ来たり悩みに悩んで数ヶ月が経過・・・したものの決まりません。
収入はほとんど無いですし、精神的にも参ってきますし、そうこうしているうちに、この当時就職のボーダーラインの30歳を越えてしまいます。
今から考えると、この時には心の中では「個人事業で勝負!」と思ってたのかもしれません。
「勝負!」と言っても勝負できるだけの力も無く、否応無しにお金は出て行きますので、副業を始める事になります。
しかし副業はあくまでも副業で多くの時間を費やす訳にはいきませんので、いろいろ考えた結果、大学・大学院と経験のある家庭教師をする事に。家庭教師の経験は豊富でしたし、最初の就職が教育関係の会社でしたので、仕事自体はお手の物です。(自分で言うか!と突っ込まれそうですが)家庭教師先を探し出すのも、インターネットでの情報収集能力が身についていますので、割と早く探し出す事に成功。本業以上の収入が入るようになりました。
(一時、これを本業にしようかと考えたこともあります)
しかし、あくまでも「副業だ!」という思いを貫き、2002年に突入!
この年の5月いよいよ開業届を提出し、本格的な個人事業がスタートします。
田舎でホームページ制作の開始です。
良いところですが、今回はここまで。続きは次回に。

ここで、お世話になった方々にこの場を借りての感謝第5弾です。
この時期あまり人と出会っていません。
こんな事では、仕事が入るわけ無いですね。今になれば分かるのですが、この当時はまだまだ経験不足でした。
そんな訳でいつもより少なめです。

「お仕事を紹介していただいた方々」へ
苦しい時期でしたので身にしみてありがたかったです!

「家庭教師をさせていただいた方々」へ
なにやら怪しいおっさんを信用していただき、ありがとうございました。

「いつもいつも心配かけている妻」へ
苦労かけました。30になってようやく改心したものの、収入がほとんどなく、大変だったと思います。一生かけて、でっかい借りは返します!

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1971年、奈良県橿原市生まれ。京都でWebを中心としたプロデュースなどを行うオフィスピコッツの代表。これまで多種多様なWEBサイトの制作や運営、プロデュースに携わり、複数のWEB系のコンテストなどでの受賞暦も持つ。 現在、WEBサイトの作成や運営などはもちろん、新規事業立ち上げのサポートや各種プロジェクトのアドバイザー、大学校や高校の講師、PTA会長、CEOなど、活動の範囲を広げている。